アンビバレンツと ジレンマと
           〜お隣のお嬢さん篇


     5



単なる制服と呼ぶにはあまりにも不吉な、闇色の漆黒。
均整の取れた長身にいや映える、
かっちりとした黒スーツを粋に着こなして。
ただ一人、潮風に不揃いに伸ばした髪を遊ばせながら
埠頭のテトラポッドの上に立っている折の
作戦遂行中の冷たく冴えた横顔も。
木洩れ日の降りそそぐカフェテラスにて、
頬杖をついたまま 気怠げに瞼を降ろし、
気を抜いてか ぼんやりと遠くを見やっている時も。
隙などない完成度で整っておいでの面差しは、
淑とした静けさの中に
どこか寂し気な謎の翳りを含んでいるのが意味深なままに罪深く。
これで実はまだ十代だというのが、頷けるような信じがたいような、
未成熟にも蒼いところと、大人びて達観しているかのような端としたところとが
絶妙なバランスで交じり合っている、不思議な女性であり。
眉一つ動かさず、銃を手に問答無用で制裁をした ほんの数刻後、
知性に冴えて凛々しく引き締まった口許が、だが、甘くほころんで。

 『××ちゃん、久し振りだね。』

ロビーに居合わせた、顔見知りなのだろう事務方の女性構成員へ、
袖を通さない外套の裾ひるがえしつつ
自分の側から気安く手を振るよな愛想を見せもする。
つい先程、そりゃあ冷徹に“裁き”を下してきた帰りだというに、
新米だろうまだまだ幼げな風貌の事務員へ、
下の名で呼んで声をかけては、
その口紅もしかして新色?相変わらずお洒落だねぇなぞと、
それは甘くあしらうさまを目の前で見せたのち、

 『言っておくけれど、キミにはああいうものを求めてはいない。』

軽快な足取りで離れつつ、するすると冷たい空気をまとってしまわれ。
愛らしく媚びをうって油断させるのもまた、女ならではな目眩ましの妙技ではあるが、
そんな繊細微妙なものは所詮無理だろうと、切って捨てるように嘲笑われて。

 『それでなくとも応用が利かない不器用者なんだから、
  せめて一日でも早く強靱な火器となってくれたまえよ。』

男勝りな口ぶりで、視線さえ向けぬまま、
後方に無言のまま追随する
そちらもまだまだ幼かろう黒髪黒外套の少女へと、
投げ捨てるよな辛辣な言いよう、無慈悲な声音で告げる彼女なのだった。



     ◇◇


そこは表通りからは判りにくい場所にあり。
場末のちょっとばかり路地へと踏み込んだところにある、
古びた雑居ビルの、地下へと連なる階段を下りて。
そうして辿り着く短い地下街の奥向きに、
飴色の艶の出た、なかなか見事な一枚板のカウンターを据え、
落ち着いた調度を照らす黄昏色の明かりも優しい、
シックな内装の静かなバーがある。
いわゆる“隠れ家”的な店らしかったが、
幾つかあるボックス席にも、まだ夜は早いからか客は2,3人ほど。
そして、カウンターに並んで座る二人の美女が、
時折物騒な剣幕になりもしつつ、ぽつぽつと会話を続けており。
片やは富貴な牡丹のような落ち着いた麗しさ、
長身で大人びた風貌の、役者やモデルのような存在感に満ちた女性なら。
もう片やは、やや小柄だが鮮やかな赤毛に宝石のような青い瞳も生き生きとした、
豪奢な雰囲気が何とも華やかな、それでいて艶のある印象的な女性であり。

 「あ〜あ、また揉めてるみたいだよ?」

和やかに語らっておれば、いづれが春蘭秋菊か、
そりゃあ美々しい雰囲気醸して注目されよう方々だろうに、
そうではないとやや遠めに見ていても察しが付くほど、
互いに対して罵倒句を放り合っているのは明白で。
まま、それは醜悪に歪ませた憎々し気な貌ではないのが救いではあるし、

 「本気で憎み合っておられるのなら、いっそ口さえ利かずにおられようよ。」
 「だよねぇ。」

若いに似ず蓄積もあっての、
人のあしらいなんて基本の基本と心得てもいようから。
澄ましたお顔のまま、見下すような冷たい目線を寄越すもよし。
それだけでは業腹だというのならならで、
洒落た言いようで侮蔑することも出来ようし、
あとからじわじわ気が付く格好、
ややこしい仄めかしを含ませた誹謗も何なく放てるだけの
幅の広い含蓄お持ちのお人たちなはず。
いや…褒めてないけど。
いかにも会員制と謳っているよな、重厚な雰囲気のマホガニーの扉を少し開け、
こっそり中を覗き込んでた二人の少女だが、
そんな態度こそ怪しく見えると気づいてか顔を見合わせると中へと踏み出す。

「中也さん。」

呼ばれた女傑が、だが、
え?と意外そうに眼を見張ったのは、
それがこんな店で聞けるはずがない存在の声だったからで。

「何だ、どうした敦。未成年がこんな処に来ちゃあいかんだろ。」

別に疚しい店じゃあないけれど、
そこは妙に律儀で生真面目でもある彼女ゆえ。
この子には悪さを吹き込むまいとの思惑からのこと、
此処のようなお行儀のいいお店であれ、
飲み屋へは基本 連れて来たことがないので。
何でどうしてと目を見張って見せれば、
敦の側でも小首を傾げて、

「何言ってますか。迎えに来いって電子書簡くれたでしょ?」

???と首を傾げてから、あっと隣の連れを見やる。
事後報告は済んだから、もう帰れという段取りを勝手に取られたらしく。

「たくさん飲んでますか?」
「いや、今日はまだそんなに。」
「…ボクのことどう見えてます?」
「可愛いぞ、凄くvv」
「あ、結構飲んでますね。」

  何だその理屈は。
  だって中也さんたら、酔うといつも可愛いの連呼になるじゃないですか。

一丁前なことを言うようになったが、その風貌はいつもの愛らしさ。
白い清楚なシャツに合わせた
サスペンダー付きのミニスカートは実はホットパンツ仕様になっており、
襟から提げたネクタイもどこか幼いこしらえで、いっそ甘く映えるほど。
銀髪に近い白髪を うなじを隠すまで伸ばし、
丸みの強い双眸にすべらかな頬、化粧っ気のない緋色の口許と。
ともすりゃあ地味なそれと聞こえる取り合わせだが、
何の、その双眸は琥珀に紫が入り交じる、希少な宝石思わす彩りで。
甘酸っぱいもの頬張ったよに、目を細めてふふーと笑えば、

 「……っ。///////////」

そんな彼女に岡惚れの女幹部殿、
まださほど杯は重ねてないはずが、白い頬を真っ赤にするから判りやすい。

 「そか、迎えに来てくれたんか。」

太宰の余計なお世話なのはちょっとむかつくが、
可愛らしい愛し子に思わず逢えたのならお釣りが来るかなと
そこはいい方へ解釈することにして。

 「何だ、芥川。あんたも来たのか?」

任務帰りか、そちらはいつもの黒い長外套姿の後輩が、
そんな仰々しい恰好なのに
それでも凛とした佇まいから涼しげに見えてしまうほどの冴えた居住まい、
背条を伸ばし、しゃんと立っているのが頼もしく。
敦がふんわりした甘えっ子タイプなら、そちらの禍狗姫は、
ついつい姫呼びしてしまうよな、
鷹揚そうな威容の気配をその態度へ常に帯びており。
部下である遊撃隊の面々は、
彼女の繰り出す異能の火力のみならず、
そんな凛々しい雰囲気へもすっかり魅了されて付き従っているとかどうとか。

 “別にこいつが逐電したから昇進したわけじゃあないが、”

依然として居れば居たで、この子への独占欲からひと悶着あったか
やはり隠しつつも毎日が緊迫していたかだろななんて。
確かに美少女ではあるなと同意を向ければ、
惚れたら殺すぞと、視線と雰囲気と言葉とで
きっぱり“同担拒否”された、今は昔のお話を思い出してしまう中也さんだったりし。

 「じゃあ帰るかな。」

此処はおごりとの暗黙の約束があったのだろう、
会計する素振りもないままスツールから降り立って。
帽子を直しつつ、虎の子嬢と並んで外へと向かいかけつつ、

「芥川、あんまり太宰を甘やかすな。」
「?」

擦れ違いざま、ああそうそうと思い出したような風情で、
そんな一言をぼそりと呟く。
身に覚えがないのか、素の顔でキョトンとする部下なのへ

「心当たりはないかも知れんが、
 このままじゃあ、
 手前が居ないと あいつ生きてけなくなるぞ。」

肩越しに細い顎をしゃくって、今まで居たカウンター席を示して見せれば、
???と小首を傾げる太宰が視野に収まる。
同じ風景を見ている筈の芥川嬢だったが、
すんと冴えた横顔が、じわじわ桃の実のように染まったそのまま、
可憐な口許が動いて紡いだのは、

「…それ素敵です。///////」
「おい。」

太宰を相当めんどくさい女だと思ってたが、
どうやらこっちのお嬢さんも同じほどに同類だったらしい。
遅かりしってところでしょうか?(笑)




to be continued.(18.08.20.〜)




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 *お迎えの愛し子ちゃんたち登場ですvv
  こちらの二人もあまりちゃんと描写してなかったような…。
  男衆の中にあってこそ違和感が生きるよなシチュ、
  違和感が無いなら無いでそこをしっかと書かんでどうするかですよね、反省。